★わが子が障がい児(広汎性発達障がい)の可能性が高いとわかったある母親(いとこ)は、専門家(特別支援学級担任)としての私にその悩みを打ち明けアドバイスを求めてきました。
★わが子が障害をもっていると知った衝撃! 2009.7.30 第610号・第611号・第612号
5月28日の夜8時30分頃、久しぶりにいとこ(母親になっている)から電話がありました。
◆1 【広汎性発達障がい】の疑いのあるわが子
母「ねえ、今、とても悩んでいるの。息子(長男)が広汎性発達障害みたいなの。ずっと変だと思っていたんだけど、この間、幼稚園の先生に話したら、幼稚園でもおかしいと思っていたみたいで、専門家に診てもらいましょうって。」
(どこが変だと思うか、詳しく話す。)
私「(長くかかりそうだな。)遠くからだから、電話代かかるけど、いいの。」
母「いいの。それどころじゃないの。もう二日間寝てないの。」
(いとこである母親自体がまいっており、父母が今、子どもを見ているという。)
母「インターネットで調べた広汎性発達障害の質問項目に、ほとんど当てはまるの。だから、息子は広汎性発達障害、そうでしょう?!」
私は、専門家でなければ診断できないこと。インターネットで、自分たち(夫も入れて)で判断するのではなく、あくまで専門家による診断が正しいことを話した。
ただ、幼稚園の先生方も、おかしいとずっと感じており、専門家への診断を勧めた以上、母親としては可能性が高いと判断していました。
◆2 もしわが子が発達障がいをもっていたら…、あふれ出す悩み
友人である母は、次から次へと、悩んでいることを話してきた。
①母「ねえ、普通の小学校の入学は難しいの?!」
②母「原因は何なの?! 治らないの?!」
③母「次男も少し変なの。…。もし、二人とも障害児だったら、私一人で子育てできるの?!」
④母「障害があると、働けないの?!」
⑤母「(もし働けない、それどころか自立できないとしたら)子供たちが大人になっても、私が一生面倒見なきゃならないわけ?!」
⑥母「女の子なら私も女だからまだしも、男の子だから性の問題が出てきたら、どうしたらいいの?!」
⑦母「最近、今まで息子が仲よくしてきた幼稚園の女の子にも『イヤ。』と言われ、心配?!(仲間はずれにされたらどうしよう。)」
⑧母「(子ども同士で一緒に遊べなくなってくると)、今つきあっている親たちとつきあえなくなるの?!」
⑨母「(こんな悩みが多く)お先真っ暗で、もう二日間寝てないの。今、どうしたらいいの?!」
母親だけに真剣です。現在のこと、少し先のこと、思春期のこと、大人になってからのこと…悩みが次々とあふれ出していました。そして、それに押しつぶされそうな感じでした。
◆3 母親の悩み(質問)への対応
私としては、母親のそんな気持ちを受け止めつつ、私が分かる範囲でかつ、相手が受け止められる範囲で、努めて誠実に応えました。
■1.母「ねえ、普通の小学校の入学は難しいの?!」
→ 医師による診断がないし、実態がよくわからないので、Aさんについて具体的に応えることはできませんが、次のようにいろいろなケースがあることを話しました。
①特別支援学校(養護学校)の小学部
②小学校の中にある「特別支援学級」
③小学校の通常学級 の大まかに言って3通りあること。
「特別支援学級」といっても、
①基本的に通常学級に居ながら国語、算数など特定の教科だけ特別支援学級に通うタイプ
②基本的に特別支援学級に居ながら音楽、体育など交流が可能な教科だけ通常学級で学習するタイプ の大まかに言って2通りあること。
そして、<基本的に特別支援学級に居ながら音楽、体育など交流が可能な教科だけ通常学級で学習するタイプ>にしても、学校・担任によっていろいろあり、実際はいろいろな学校・学級を見学して決めるとよいこと。
さらに、特別支援学級にはじめは在籍していて途中から通常学級に戻るケースや、その逆に、はじめは通常学級に在籍していて途中から特別支援学級へ移るケースもあること などを話しました。
いずれの場合も、今のその子に合った(言い換えれば、最もその子の成長を促す)教育の場はどこかという視点で、親が選択することになることを話しました。
(※ <小学校の通常学級に行けるかどうか>という問いから、<今の子どもの実態からどのような教育の場がふさわしいか>という問いに変わっていくことになるでしょう。)
■2.母「原因は何なの?! 治らないの?!」
→ 親の躾によるのではなく、脳の中枢神経系自体に(何らかの要因による)機能不全があること。それがそもそもの原因であることを話しました。
(※ 原因については、わざと深入りしませんでした。なぜなら、ここを追求していっても、生産的でないからです。)
→ 私の担任している子どもの例を話して、教育や医療の力で大きく軽減できる可能性があること。ここからの(適切な)対応によって、大きく将来が変わりうることを話しました。
小さいときほどよくなる可能性が高く、早めに診断を受け、適切な療育を施せるよいチャンスであることを話しました。
(いとこの母親によれば、正式な診断が出れば、保育士さんが一人増え、Aさんに付いてくれるという。)
例えば、普通なら自然に友達とかかわれるのに、障がいのためにそのままでは友達とかかわれないとすれば、保育士さんが特別なサポート(これが特別支援という意味です。だから、特別支援が必要な子に特別支援教育をするのは、インフルエンザの子にインフルエンザの治療をするのと基本的に同じです。)をすることで、そこをある程度クリアーできるようになること を話しました。
3.母「次男も少し変なの。…。もし、二人とも障害児だったら、私一人で子育てできるの?!」
→ 「一人でも心配なのに、二人ともそうだったらと思うと、不安でたまらないんだ。」と気持ちを受け止めたうえで、
①幼稚園の先生たち
②医師
③夫(妻と一緒に心配して行動してくれている)
④友人の母親・父親 …と、一緒に悩み、子育てをしていこうとする人がいること。
障がいをもった子供たちの親の会もあること。私も微力ながら話を聞いたり、アドバイスしたりすることはできること などを話しました。
つまり、一人ではないこと。みんなで育てていけばよいことを話しました。
4.母「障がいがあると、働けないの?!」
→ 私は、現在3名の障がいをもった子供を担任しているが、その3名ともほぼ間違いなく働けるようになるだろうことを話しました。
つまり、障がいがあっても、もちろんその程度にもよるが、十分働けるようになるので、希望をもってよいことを話しました。
(※ たとえ現在の実態がほど遠いように見えても、教育や医療の力で、大きく可能性は開かれていきます。)
5.母「(もし働けない、それどころか自立できないとしたら)子供たちが大人になっても、私が一生面倒見なきゃならないわけ?!」
→ 「将来のことを考えると、荷の重さに押しつぶされるような感じなんだ。」と気持ちを受け止めたうえで、福祉サービスが充実しており、社会全体でサポートしていくシステムがあるから、安心するように話しました。
※ 実際、親自体も障がいをもっているケースもあり、親任せにできない現実もある。
6.母「女の子なら私も女だからまだしも、男の子だから性の問題が出てきたら、どうしたらいいの?!」
→ それは、女の子でも同じであること。
私も二人の娘の親として、性の問題にどう対処したらよいかと悩み始めていること。
まだだいぶ先のことであるので、その時期になったら考えればよいのでは…と話しました。
※ 遠い将来のことではなく、現在にフォーカスすることが大切だ。
7.母「最近、今まで息子が仲よくしてきた幼稚園の女の子にも『イヤ。』と言われ、心配?!(仲間はずれにされたらどうしよう。)」
→ 「今まで仲よくできていたのに、それだけに心配だよね。」と気持ちを受け止めたうえで、ハンデキャップ(障がい)があるわけだから、特別なサポートが必要なことを話しました。
具体的に言えば、
・ハンデキャップがあるわけでだから、放っておいて自然にうまくいくのは難しいこと。
・保育士さんや親が、Aさんとお友達がうまくかかわれるように、遊びの仲立ちというサポートをする必要があること(段階によっては、むしろ保育士さんや親とマンツーマンで遊ぶこと。) を話しました。
8.母「(子ども同士で一緒に遊べなくなってくると)、今つきあっている親たちとつきあえなくなるの?!」
→ 子ども同士のかかわりが切れることが、そのまま親同士のつながりが切れることにつながらないと、私は思うこと。きっとつきあいが続くお友達があるだろうこと。
そして、障がい児をもった親同士という新しいお友達も現れるだろうこと を話した。
9.母「(こんな悩みが多く)お先真っ暗で、もう二日間寝てないの。今、どうしたらいいの?!」
→ 「栄養をとって、ゆっくりと睡眠と休養をとって休んで。」と言いそうになったが、それが分かっていてもできなくて苦しんでいるのだから、そう言うのを思いとどまった。
・まず、医師からきちんとした診断を受けること。(既にその日も決まっているという。)
→ 正式な診断があれば、保育士さんが一人付くようになり、特別なサポートができる。
・その際、お家や幼稚園での(困っている)実態を、医者によく話せるように、メモに整理しておくこと。
・と同時に、Aさんの困っている言動について、親として具体的にどう対処したらよいかも問うとよいこと。(様々な困っている言動を聞かされた。)
・障がい児をもった親同士でつくる「親の会」へ問い合わせてみることもよいこと。
・早めに気づいてよかったこと。早めに正しい診断を受け、適切な対応をとれば、それだけ障害を軽減し、二次障害も予防できやすいなどを話し、励ました。
・最後に、一人で悩まない。ゆっくりと休養をとり、栄養をとることも、忘れないことを話した。
以上、58分間の友人でもある母との、電話での会話であった。
はじめに比べて終わりにはずいぶん落ち着いたように、私は感じた。
◆4 私の大学時代の学びから
私は大学時代「障害者問題研究会」というサークルに所属していた。
障がいをもっている大人と一緒に(介助・介添えを兼ねて)旅行したり、障がい児を集めて日曜学校を開いたり、障がい児教育や障がい者問題の学習会をしたり…今考えると、実に真面目なサークルで、私は4年間過ごしました。
その中で、今でも覚えている文言があります。
「障害者(児)問題は、社会でどれだけ人間が大切にされているか問う試金石である」
この文言が、サークル室の壁にずっと貼られていたのです。
障がい者が大切にされている社会、安心して暮らせる社会…ならば、お年寄りも、病人も、乳幼児も…(誰しもそういう時期があるが)…もちろん大人も、きっと大切にされ、安心して暮らせる社会に違いありません!
ある%で、必ず産まれてくる障がいをもった子供たち。
私は、小学校特別支援学級担任として、障がいをもって産まれた子供たちを、教え育てています。その可能性を精一杯伸ばそうと、日々精進しています。
大学時代に学んだ文言のように、障害がい(児)が大切にされる社会の実現のために、自分のできるところで一役を担っている私は、大学時代に学んだ一番大切なことが生きているのかなと、ふと思いました。