子育てがうまくいくヒント © 2022 泉河潤一 All rights reserved.

「パパは優しい」だけでは足りない──家族の中で育てたい「敬」の心

《読み始める前に》

《読み始める前に》

「どけ。」

その一言を、
子どもが親に向かって放つ場面を目にしました。

家族旅行という、
本来なら楽しいはずの時間の中で。

その瞬間、私は、目と耳を疑いました。

「優しい親」でいることと、
「子どもを幸せに育てること」は、
必ずしも同じではありません。

これは、
家族という一番身近な場所で育てたい
「敬(うやまう)」の心について、
私自身が強く考えさせられた記録です。

パパの子育て奮戦記:第73号

長女アキコ(7歳)、次女クニコ(3歳)、ママ、パパ(私)、祖母(69歳)


家族旅行で見た、衝撃の光景

8月18日、
磐梯高原への家族旅行の最中のことでした。

私たち家族4人は、
五色沼自然探勝路を歩き、
終点の毘沙門沼付近でソフトクリームを食べていました。

そのときです。

少し前のテーブルに、
家族5人ほどが座っていました。

父親が椅子に腰かけ、
ソフトクリームを食べているところへ、
小学校6年生くらいの男の子がやって来ました。

次の瞬間、
その子はこう言ったのです。

「どけ!」

(実際は、これよりもっときつい言葉でした。
あまりにひどくて私の辞書になく、今でも思い出せません。)

そして、
父親の手を引っ張って脇へ追いやり、
自分が「どかっ」と椅子に座ったのです。

父親はというと、
何も言わず、
近くの大きめの石に腰を下ろして
そのままソフトクリームを食べていました。

「何事もなかったように」と言いたいところですが、
正直、その父親は決していい顔はしていませんでした。

私なら、絶対に許さない

私は、目と耳を疑いました。

その後のやり取りを注意深く見ていても、
どうやらその二人は、
間違いなく「父と子」の関係でした。

正直に言えば、
私だったら、絶対に許しません。

たとえ楽しい旅行の最中であっても、
たとえ周囲に人がいようとも、
私は強く叱責したと思います。

この場面で、
子どもが取るべき言葉は、
通常は次のどちらかでしょう。

「パパ、そこに座らせてもらってもいい?」
あるいは
「パパ、そこ、私の場所だよ」(仮に席を外していたなら)

お願いする立場の言葉が、
そこには必要だったはずです。

小学校で見た、もう一つの忘れられない場面

すると突然、
6、7年前の、
ある光景が頭に蘇ってきました。

当時、私が勤務していた小学校の廊下でのことです。

6年生の女の子が、
自宅に電話をしていました。

聞くとはなしに聞こえてきた言葉は、
耳を疑うものでした。

「おい、じじい。傘もってこい。」

ほどなくして、
その女の子のおじいさんが学校に現れ、
黙って傘を渡していました。

その子は、
私が1年生のときに担任していた子でした。

さらに思い出しました。

そのおじいさんは、
その子が1年生だった頃にも、
急な雨を見て
同じように傘を学校まで届けていたのです。

優しさはある。でも、「敬」がない

優しいおじいさんです。

急な雨に、
かわいい孫が濡れるのが心配で、
学校まで傘を届けたのでしょう。

先ほどの父親も、
きっと「優しい人」なのだと思います。

けれど――
「敬」がありません。

家族は、
最も身近な社会であり、
社会生活の基本単位です。

ここでの家族同士の関わり方が、
学校、職場、そして社会での人間関係へと
つながっていきます。

それにもかかわらず、

お願いする立場でありながら、
やってもらうことを当然だと思い、
感謝どころか
「どけ!」
「じじい、傘もってこい!」

こんな言葉遣いでは……。

私(かわいそうだ!)

本当にかわいそうなのは、誰か

かわいそうなのは、
父親やおじいさんではありません。

その子どもたち自身です。

間違いなく、
自己中心的に育ってしまうでしょう。
というより、
すでにその芽は育っています。

自分を大切にしてくれる人、
お世話になっている人を、
大切に扱うどころか、
ぞんざいに扱ってしまう。

そんな姿勢では、
幸せは、その子から逃げていく
私は思います。

「どけ!」
「じじい、傘もってこい!」

こんな言葉遣いをする子に育てた責任は、
「優しいだけ」の親や祖父母にあるのではないでしょうか。

言葉美人に育てたい

ただ優しいだけでは、
絶対に足りません。

「敬」が必要です。

美しい言葉を使う人を、
「言葉美人」と言うそうです。

周囲が荒れた言葉に満ちているときほど、
言葉美人は、
ひときわ光り輝いて見えるものです。

わが子を、
言葉美人に育てたい。

いや、
少なくとも
言葉不美人には育てたくない。

一緒にいるだけで居心地が悪く、
結果として
わが子から幸せが逃げていくのですから。
(2005年8月20日)

今、振り返ってみて

私は、この点については、配偶者、親を大切にする言動を示すこと、
つまり模範を子どもに示すことで、言葉遣いについて教えてきました。

しかし、一度だけ親に対してぞんざいな言葉遣いをする次女に対して、
厳しく叱責したことがあるのです。

それは、次女が4歳の時でした。

我が家のケース「なにボケてんの」

夕食時、いつものように家族で1日のグッド&ニューを言い合っていました。
私は、7時30分近くになる時計の針にふと気付いて

私「タカちゃん(妻)、チャングム(人気番組)録画予約してあるだろ?」
妻「あっ忘れてた!」

クニコ「なにボケてんの。

私「クニコ! お母さんに対して、その言葉遣いは何だ!」(強く叱責)
妻「よ~く、言うてくれた。」(私の叱責への感謝)

私「お母さんに、謝りなさい!
クニコ「ごめんなさい。

クニコ(思わぬ私の強い叱責に目を白黒させ、泣き出さんばかりのクニコ)

そんなクニコの表情を察知した妻は、
妻「もう言わないよね~。」
と優しく言ったのでした。

そして、妻はチャングムの録画予約をし、家族全体はまた元の会話に戻りました。

クニコは、いつしか安心したように、元の表情に戻っていました。

親への「敬」は大切ー躾の根本ー

そして、次のように続けていました。

親への言葉遣い。馬鹿にするような言い様は、わが家では厳禁です。私が決して許しません。
それは、私に対してばかりでなく、今回の場合のように妻や、実母に対してもそうです。
逆に私に対してよくない言葉遣いの場合は、私自身はもちろん、妻や実母も注意するでしょう。

親への「敬」は、大切です。
馬鹿にするような言い様は絶対許さないとして、断固たる対応をすること。
これは、父親の大事な役割だと考えています。

わが子のことを本当に思うなら、親に対して、祖父母に対して、ぞんざいな言葉遣い、軽んずるような言動は、
父親の私にであろうと、妻の配偶者に対してだろうと、あるいは自分の親に対してであろと、
真剣に叱るべき案件だと考えます。

なぜなら、子どもが親や祖父母をバカにするような態度をとっている状態では、どんな躾もどんな家庭教育も成立しないから。だから、親への「敬」は大切ー躾の根本ーと書きました。

この後、二十歳を過ぎた次女ですが、2度とそのような姿は見ていません。

📝 自分に問いかけてみる時間

少し、立ち止まって考えてみてください。

  • 配偶者(パートナー)に対して、敬意のある態度で接していますか。
    よくないお手本を示していませんか。
    配偶者を大切に扱っていないとしたら、子どももそのようになります。

  • 配偶者を大切に扱っていたとしても、もし子どもが正しい軌道からズレたときは、きっちりと叱ることも必要です。

📝 簡単なワーク

1)パートナーに対して、品位ある言葉遣い・言動ができているか自己評価(10点満点)

  • もし「これは真似てほしくないな」と思う言い方があったら、代わりの言い方を1つ決めてみましょう。

2)子どもに対して、品位ある言葉遣い・言動ができているか自己評価(10点満点)

  • 最近、言い方が強くなっていた場面を1つ思い出し、“言い直すならどう言うか”を書いてみましょう。

最後に、 念の為に書いておきますが、大人としての普段の生き方、言動で、そもそも子どもの信頼を勝ち取るのが基本です。普段の生き方、言動がいい加減でいて、そんな生き方をしている親から、叱られても、反発されるだけのような気がしますから。


***パパママとして成長したいあなたへ──フォローどうぞ***
「あったかい家族日記」は、
長女アキコ(2025年8月現在27歳・既婚)と
次女クニコ(23歳・公認会計士)の成長を、
パパの視点で約20年間にわたり綴った
実録子育てエッセイです。

*二人が幼児だった頃から大学入学、
そして結婚前後までの家族の日々を記録し、
累計アクセス数は400万を超えました。

*七田チャイルドアカデミー校長・七田眞氏にも
「子育てに役立つブログ」として推薦された本連載は、
So-netブログ閉鎖(2025年3月)を機に、
「記録」と「今の視点」を重ね合わせて再編集した
〈日々の記録に、“今”を添えた子育てエッセイ〉として、
noteで再連載しています。

*この文章は、2005年8月20日にSo-netブログで公開された
『「優しい」だけでなく「敬」がなければ!』に、
「今、振り返ってみて」を加筆した再構成エディションです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です