《読み始める前に》
子どもの躾というと、つい「きちんと座る」「あいさつをする」「片づける」といったことを思い浮かべます。
でも、家族の心を本当に温かくする躾は、もっと日常の中にあるのかもしれません。
誰かが出かけるときに見送ること。
誰かが帰ってきたときに、玄関まで迎えに行くこと。
たったそれだけのことなのに、そのひと手間が、帰ってきた人の疲れをふっと軽くすることがあります。
この日、アキコとクニコが自然に見せてくれた姿は、パパにとっても、あ〜ちゃんにとっても、忘れられない場面になりました。
パパの子育て奮戦記 第62号|「あったかい家族日記」第83号 再構成版
長女アキコ(7歳)、次女クニコ(3歳)、ママ、パパ(私)、祖母(69歳)
実母が、少し息抜きに出かけた日
9月5日、午後2時過ぎのことです。
実母が、
「友人の家へ遊びに行ってくる」
と言って、家を出ました。
この4月から、5年ぶりに同居しているのですが、少し疲れたようでした。
孫は確かにかわいい。
実際、とてもかわいがってくれています。
けれど、かわいいだけでは済まないのが、子どもとの暮らしです。
手もかかるし、気も使います。
自分の時間も、思うようには取れません。
実母は、趣味で書をやっています。
でも最近は、
「書の練習が、なかなかできない」
と、ぼやくこともありました。
そんなこともあって、この日は友人の家に行き、さらに、
「温泉にも寄りたい」
と言って出かけていきました。
「ただいま」の声に、二人が走った
実母が帰ってきたのは、夜7時過ぎでした。
ちょうど夕ご飯の時間で、私たちはみんなで食卓を囲んでいました。
そのとき、玄関のほうから、
「ただいま」
という声が聞こえました。
すると、その声が聞こえるやいなや、アキコとクニコが玄関へ直行したのです。
「あ〜ちゃん。お帰り」
あ〜ちゃんとは、おばあちゃんのことです。
孫の二人が、そう言って迎えに行きました。
思わず、妻と私は顔を見合わせました。
私も少し遅れて、玄関へ迎えに行きました。
あ〜ちゃんの顔が、一瞬で笑顔になった
玄関に立っていた、あ〜ちゃんこと実母の顔は、一ぺんに笑顔になっていました。
かわいいけれど、手がかかる孫たち。
日頃から世話をしてくれている実母。
「趣味の書の練習が、なかなかできない」
と、ぼやくこともありました。
でもこの瞬間、きっと実母は、日頃の世話が報われたような気持ちになったのではないかと思います。
玄関まで走ってきて、
「あ〜ちゃん。お帰り」
と言ってくれる孫たち。
それだけで、疲れがずいぶん軽くなったのではないでしょうか。
見送る・出迎えるという習慣
私は、出勤時と帰宅時に、家族みんなで見送る・出迎えるという躾を徹底してきました。
出かけるときには、見送る。
帰ってきたときには、迎える。
とても小さなことですが、これがあるだけで、私はずいぶん元気をもらってきました。
朝、家族に見送られると、
「今日も一日、頑張ろう」
という気持ちになります。
そして仕事から帰ってきたとき、家族が迎えてくれると、一日の疲れがかなり取れると実感しています。
今回は、その習慣が、実母に対してもごく自然に出たということでした。
疲れは半分、元気は倍増する
この「出迎える」という躾、というより習慣は、絶対にオススメです。
疲れは半減。
元気は倍増。
何十万円もするマッサージ器も、はるかに及ばないほどの癒しのパワーを持っています。
「ただいま」
に対して、
「お帰り」
と迎える。
たったそれだけのことかもしれません。
でも、そのひと言には、家族を元気にする力があるのだと思います。
(2005年9月5日記)
今、振り返ってみて
家族に見送られることで、仕事へ向かう力をもらっていた
この「見送る」「出迎える」という習慣には、私はずいぶん元気をもらいましたし、癒されてもきました。
妻は、子どもが生まれてから9年間、主婦として家庭を支えてくれました。
その間、我が家にはずっと、見送りと出迎えがありました。
私は家族の中で一番早く家を出て、一番遅く帰宅することが多かったからです。
朝、玄関で見送ってくれる妻や子どもたちを見るたびに、
「今日も元気に仕事を頑張ろう」
という気持ちが、自然と湧いてきました。
仕事から帰ってきたときも同じです。
出迎えてくれる妻や子どもたちの顔を見るたびに、心が癒されました。
本当に、疲れは半減しましたね。
子どもが成長しても、言葉の習慣は残っていった
子どもたちが小学生のうちは、この習慣は、ほぼきちんとできていたように思います。
中学生になると、子どものほうが早く家を出たり、帰宅が遅くなったりして、生活のリズムも不規則になっていきました。
お互いに、いつも玄関まで出て見送る、出迎えるというのは、だんだん難しくなっていきました。
それでも、
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「ただいま」
「お帰りなさい」
というやりとりは、家の中にありました。
だからこそ、娘たちが大人になり、県外から帰省してきたときにも、自然に、
「お帰り」
という言葉が出たのだと思います。
今は、妻を見送る習慣になっている
今は、娘たちは県外に住み、妻と私と実母の3人で暮らしています。
妻の出勤時には、私は玄関まで出て、
「行ってらっしゃい」
と声をかけ、笑顔で手を振っています。
妻が仕事から帰ってくる時間は、その日によってまちまちです。
それでも、2階に上がってくる音が聞こえると、私は書斎のドアを開けて、
「お帰り」
と声をかけるようにしています。
約5年前、同級会がありました。
そのとき、ある女性がこんなことを話していました。
「私はまだ働いているんだけど、主人はもう退職していて、朝テレビを見ているばかりで、『行ってらっしゃい』も何もないんだよ!」
その言葉が、今でも心に残っています。
妻がしてくれたことを、今度は私が返している
私は小学校教員を退職してから、オンライン親の学校を立ち上げ、発達凸凹ミラクル塾を運営しています。
それでも、教員をしていた頃に比べれば、朝には少しゆとりがあります。
だからこそ、毎朝できるだけ玄関まで出て、
「行ってらっしゃい」
と声をかけ、笑顔で手を振るようにしています。
それは、ずっと妻が私にしてきてくれたことでもあります。
妻は、やはり嬉しいようです。
そして私自身も、このやりとりは、お互いの愛情を確認する小さな時間になっていると感じています。
子どもの躾として始めた習慣が、年月を経て、夫婦の習慣にもなっている。
そう思うと、家庭の中で続けてきた小さな習慣には、やはり大きな意味があるのだと感じます。
「行ってらっしゃい」
「お帰り」
このひと言は、本当におすすめの躾であり、習慣です。
そして、家族を元気にする、とてもあたたかい贈り物なのだと思います。
(2026年6月1日記)
共感していただけたところがあれば、「スキ」でそっと教えていただけると励みになります。
📝 自分に問いかけてみる時間
これから学校に行く子どもたちに、
「行ってらっしゃい」
と声をかけていますか。
仕事に行く家族に、
「気をつけてね」
「行ってらっしゃい」
と伝えていますか。
自分が出かけるときに、
「行ってきます」
と言っていますか。
帰宅したときに、
「ただいま」
「お帰り」
のやりとりはありますか。
どれも、特別な言葉ではありません。
でも、こうした日々のやりとりが、家の温かさを作っていくのだと思います。
家庭は、外で頑張ってきた人が、もう一度元気をチャージできる場所でもあります。
そのために必要なのは、大きなイベントではなく、毎日の小さな声かけなのかもしれません。
📝 簡単なワーク
もし今、
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「ただいま」
「お帰り」
という習慣があまりないとしたら、今日からひとつだけ始めてみてください。
「おはよう」
「おやすみ」
でもいいと思います。
大切なのは、気づいた人から始めることです。
相手が先に言ってくれるのを待つのではなく、自分から声をかけてみる。
それが、子どもへのいちばん自然な模範にもなります。
声をかけられて元気が出ると、言う側も、
「また言ってみよう」
と思えます。
言われた側も、
「自分もやってみようかな」
という気持ちになっていきます。
最初の一歩は、本当に小さくて大丈夫です。
明日の朝、玄関でひと言。
「行ってらっしゃい」
そこから、家の空気が少しずつ変わっていくかもしれません。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
『パパの子育て奮戦記』では、子育ての日々や、娘たちが大人になってからの家族の時間を、今の視点から振り返りながら綴っています。
この後も、プレパパや子育て中のパパに向けて、子どもとの関わり方、学び、しつけ、家族の時間について、体験に基づいて綴っていきます。
また読んでみたいと思ってくださった方は、フォローしていただけたら嬉しいです。
子育ての中の小さな出来事が、どこかで誰かの気持ちを少しだけ軽くしたり、温かくしたりできたら嬉しいです。
この記事は、2005年9月5日のSo-netブログ原稿「あったかい家族日記『オススメの子供の躾』」をもとに整えた再構成エディションです。


