《読み始める前に》
子どもから「ありがとう」と言われるだけで、親はうれしいものです。
でも、その「ありがとう」が、
自分がいちばん時間と労力をかけてきたことに向けられていたら――。
これは、小学一年生だった長女アキコが、国語のプリントに書いてくれた五行のお手紙の話です。
たった五行。
けれど、パパにとっては、何よりも深く心に残る作文でした。
パパの子育て奮戦記 第67号 | 「あったかい家族日記」第94号 再構成版
長女アキコ(7歳)、次女クニコ(3歳)、ママ、パパ(私)、祖母(69歳)
小1の娘が書いてくれた「ありがとう」
9月22日(木)、帰宅すると、妻がプリントを渡してくれました。
「はい、これ。アキコが自分で書いたの」
見てみると、アキコの国語の学習プリントでした。
2問目に、こう書いてあります。
「おかあさんか おとうさんへ『ありがとう』のおてがみをかきましょう。」
その下に、アキコの字で作文が書いてありました。
おとうさんへ
おとうさん いつもおしごと ありがとう。
おかげで あきこたちは、ごはんをたべられ
るし、ほんもかってもらえます。
あきこより
わずか五行の作文です。
もともと、書くスペースも五行しかありません。
親ばかかもしれません。
でも私は、すばらしい作文だと思いました。
何より、うれしい内容だと思いました。
なぜ、こんなにうれしかったのか
お父さんである私に、まず「ありがとう」と感謝してくれたこと。
それ自体が、もちろんうれしいことです。
でも、それ以上にうれしかったのは、感謝してくれた内容でした。
アキコにやってあげたことは、山ほどあります。
毎日のように絵本を読んであげたこと。
一緒に遊んだこと。
勉強を見てあげたこと。
運動会や発表会などの行事で応援したこと。
一緒に旅行したこと。
誕生日を祝ったこと。
一緒にかけっこの練習をしたこと。
お風呂に入れたこと……。
挙げれば、きりがありません。
「いつも遊んでくれたり、勉強を見てくれたりしてありがとう」
「旅行へ連れて行ってくれたり、レストランへ連れて行ってくれたりしてありがとう」
「誕生日を祝ってくれたり、○○を買ってくれたりしてありがとう」
もし、こんなふうに書いてくれても、もちろんうれしかったと思います。
けれど、私が最も時間と労力をかけてきたことは、家族を支えるために働いてきたことでした。
いやなことがあっても。
体がだるくても。
病気や事故でもない限り、毎日ずっと働いてきたこと。
そのことに感謝してくれたのが、何よりもうれしかったのです。
「お父さんが働いてくれるから」と伝えてくれた妻
この作文には、妻の対応の仕方が大きく影響していると思っています。
妻は専業主婦ですが、折にふれて、子どもたちにこう言い聞かせてくれていました。
「お父さんが働いて、お金をもらってくるから、ご飯を食べられるんだよ」
服や靴、プレゼントなどを買うときにも、
「お父さんが働いて、お金をもらってくるから買えるんだよ」
と言い聞かせてくれていました。
それから、妻が時折というか、よく言う言葉があります。
「お父さんがいいって言ったらね」
つまり、
「お父さんがいいって言ったら、買ってあげる」
ということです。
子どもには見えにくい「働いて得たお金」
財布は妻に任せてあります。
ですから、生活必需品を買うときも、レストランで支払いをするときも、子どもには、いつもお母さんが払っているように見えるはずです。
説明しなければ、子どもにはわかりません。
お母さんが払っているそのお金は、
お父さんが働いて得たお金なのだということ。
妻の対応の仕方が大きく影響しているというのは、そういうことです。
私は、こんな妻の対応に感謝しています。
子どもたちは、
「お父さんのおかげだ」
「お父さん、ありがとう」
「お父さんは偉いんだ」
という気持ちを持ってくれているからです。
親に感謝したり、尊敬したりする子になっているからです。
感謝や尊敬の気持ちは、小さい頃から育てていくもの
親への感謝や尊敬の気持ちを育てたいものです。
そのためには、小さいときから、よく言い聞かせることがとても大切だと思います。
そして、それには妻の対応の仕方が決め手になると思います。
(2005年9月26日記)
今、振り返ってみて
見えにくい親の努力を、誰が言葉にするのか
今、振り返ってみても、当時書いた
「妻の対応の仕方が決め手になる」
という言葉は、やはり大事なところを突いていたように思います。
以前、noteの記事「“ありがとう”を言える子に育てたい」の中で、D・カーネギー『道は開ける』に載っていた、父親への感謝の躾が足りなかった実話を紹介しました。
内容は、次のようなものでした。
成人したふたりの子どもを大学に入れるために、父親は借金をして、4年間、馬車馬のように働き続けました。
しかし、母親は子どもたちに、
「大学に入れてくれるなんて、お父さんは本当にすばらしい人だよ」
とは言わず、
「あんなことぐらい、何でもないんだよ」
という態度を取り続けました。
その結果、子どもたちは父親の苦労を「当たり前」としか考えませんでした。
カーネギーは、感謝の念は後天的に育まれる特性であり、子どもに感謝の念を抱かせるためには、そのように教えなければならない、と述べています。
私にしても、もし妻から子どもたちに、
「そんなの、どのお父さんでもやっていることなんだよ」
と言われていたら、アキコからあの五行のお手紙をもらうことはなかったでしょう。
親がどれだけ一生懸命やっていても、子どもには見えにくいことがあります。
さらに言えば、その姿をどう評価したらよいのかも、子どもにはまだよくわかりません。
だからこそ、そばにいるもう一人の親が、それをどう評価し、どんな言葉にしたらいいのかを示すこと。
そこが、とても大きいのだと思います。
逆の立場でも、同じことが言える
これは、もちろん父親だけの話ではありません。
逆もまた、同じです。
妻が主婦として、毎日一生懸命に家事をしている。
食事を作り、洗濯をし、掃除をし、子どものことを考え、家の中を回してくれている。
それなのに、父親が子どもに向かって、
「そんなの、主婦なのだから、どのお母さんでもやっていることだよ」
と言ってしまったら、やはりよくないと思うのです。
そうではなく、
「お母さんが作ってくれる料理はおいしいね」
「栄養のことも考えて、時間をかけて作ってくれているんだよ」
「本当にありがたいね」
そんなふうに、日常の中で伝えていく。
母の日には、
「いつもお母さん、ありがとう」
と、子どもと一緒に伝える。
そういう積み重ねが、母親への感謝を育てていくのだと思います。
子どもは、親の働きを正確には把握しきれていません。
また、それを正当に評価する力も、まだ十分には育っていません。
だからこそ、家庭の中で、誰かが正当に評価して、言葉にしてあげる必要があるのです。
感謝を待つのではなく、自分から空気をつくる
つまり、配偶者の対応は、子どもが親に感謝するかどうかに大きく関わっているのだと思います。
ただし、ここで大切なのは、
「相手が先にやってくれたら、自分もやる」
という姿勢にならないことです。
「妻が自分に感謝してくれたら、自分も妻に感謝する」
「夫が自分を立ててくれたら、自分も夫を立てる」
これでは、家庭の空気感が、相手次第、相手任せになってしまいます。
つまり、主導権は相手にあり、自分にはないことになります。
まず、自分からやってみる。
自分が模範になる。
自分から、好ましい空気をつくっていく。
それが、家庭の中で主体的に生きるということ。
主導権を自分が握るということなのだと思っています。
私は、「母の日」をそういう機会として使ってきました。
そして、日常の中でも、妻への感謝をできるだけ言葉にするようにしてきました。
それは、妻のためでもあります。
でも同時に、子どもたちのためでもありました。
子どもに、
「お母さんはありがたい存在なんだ」
「家族のためにがんばってくれているんだ」
と感謝できる子に育ってほしかったからです。
さらに言えば、私のためでもありました。
子どもたちは、「母の日」に感謝のメッセージを贈ったのだから、「父の日」にもそうするのは当たり前だと考えてくれたからです。
感謝の空気を先につくることは、相手のためだけではありません。
めぐりめぐって、自分自身もその空気の中で生きることになるのだと思います。
一生懸命にやることと、伝わることは別のこと
一生懸命にやることは、とても大切です。
父親が働くこと。
母親が家を支えること。
あるいは、今の時代であれば、父親も母親も共に働き、共に家事や育児を担っている家庭もたくさんあります。
形は家庭によって違います。
「私の方が稼いでいる」
「家事の分担は、うちではこうなっている」
色々な家庭があると思います。
でも、大事なのは、どちらが上か下かではありません。
どちらが多く稼いでいるか、どちらが多く家事をしているかを競うことでもありません。
父親も母親も、それぞれの形で、子どものためにがんばっている。
家族のために働き、支え、考え、動いている。
その事実を、まず親同士がお互いに認め、お互いに感謝すること。
そこに、感謝の心が育つ土台があるのだと思います。
一生懸命やることは、必要条件です。
でも、それだけでは伝わらないこともあります。
そこに、配偶者からの感謝の言葉が加わる。
子どもの前で、互いのがんばりを認め合う。
そうして初めて、親の姿が子どもの心に届いていくのだと思います。
感謝の徳は、家庭の中で育てていくもの
感謝の徳は、自然に身につくものではありません。
それどころか、配偶者の愚痴や心ない言葉で、簡単に流されてしまうこともあります。
慕ってやまない一方の親が、
「そんなの、どの親でもやっていることなんだよ」
と口にしなくても、そういう態度でいれば、子どもは容易に刷り込まれてしまうのです。
子どもは、働きかけによって、どちらの方向にも行きます。
親に感謝する方向にも行きます。
反対に、「当たり前だ」と考えて、それほど感謝しない方向にも行きます。
私は、そう思っています。
だからこそ、親は、感謝の徳を育むために、主体性を発揮する必要があるのです。
親がお手本を示す。
夫婦がお互いに感謝する。
父の日や母の日のような機会を使って、子どもにも感謝を表現するように促す。
そういう小さな積み重ねが、やがて子どもの心に残っていくのでしょう。
五行のお手紙に込められていたもの
アキコが書いてくれた、たった五行のお手紙。
そこには、私への感謝だけでなく、妻が日々伝えてくれていた言葉も込められていたのだと思います。
「お父さんが働いてくれるから、ご飯が食べられるんだよ」
「本も買ってもらえるんだよ」
その言葉が、アキコの中にちゃんと残っていた。
そして、国語のプリントの小さなスペースに、まっすぐな言葉として出てきた。
だから私は、あの作文がうれしかったのです。
あの五行は、父親の私にとって、何よりも報われたお手紙でした。
(2026年6月8日記)
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📝 自分に問いかけてみる時間
子どもには、親のがんばりがどこまで見えているでしょうか
子どもは、親のがんばりをどこまで見えているでしょうか。
お父さんが働いて、さらに家のことをしていること。
お母さんも働き、さらに家のことをしていること。
毎日の食事、洗濯、送り迎え、仕事、家計、声かけ、見守り。
それらは、あまりにも日常の中にあるために、子どもには「当たり前」に見えてしまうことがあります。
でも、本当は当たり前ではありません。
パートナーのがんばりを、子どもの前で言葉にしているでしょうか
あなたは最近、子どもの前で、パートナーのがんばりを言葉にしたことがあるでしょうか。
「お母さん、今日もご飯を作ってくれてありがたいね」
「お父さん、お仕事がんばってくれているね」
「家族のためにしてくれているんだよ」
そんなひと言を、子どもの前で伝えたことがあるでしょうか。
感謝されるのを待つのではなく、まず自分から感謝を言葉にする。
それが、子どもにとっていちばん身近な「感謝の授業」になるのかもしれません。
📝 簡単なワーク
今日、子どもの前でひとつ感謝を伝えてみる
今日、子どもの前で、パートナーへの感謝をひとつ言葉にしてみてください。
たとえば、こんな小さなことでかまいません。
「お母さんが掃除をしてくれたから、家中がきれいで気持ちいいね」
「お父さんが働いてくれているから、ご飯が食べられるんだね」
「お母さん、美味しい料理をありがとう」
「お父さん、いつも家族のためにありがとう」
大げさに言う必要はありません。
説教のようにする必要もありません。
日常の中で、さりげなくさらっと言うだけでいいのです。
記念日を「ありがとう」を形にする日にしてみる
そして、父の日や母の日、誕生日、ちょっとした記念日には、子どもと一緒に「ありがとう」を形にしてみる。
手紙でもいい。
絵でもいい。
ひと言のメッセージでもいい。
感謝は、心の中にあるだけでは、なかなか育ちません。
言葉にして、形にして、相手に届けることで、少しずつ育っていきます。
家庭の中で、お互いのがんばりを認め合う。
子どもの前で、パパとママが感謝し合う。
その姿こそが、子どもにとっていちばん自然な学びになるのだと思います。
《あわせて読みたい記事》
あわせて読みたい記事として、
👉 「おかあさんのすきなところ」──3歳の娘が書いた母の日の手紙
👉 「“ありがとう”を言える子に育てたい」
👉 「父の恩に気づき涙した私」
があります。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
子どもからの「ありがとう」は、親にとって何よりうれしいものです。
でも、その感謝の言葉は、自然に生まれるだけではなく、家庭の中で育てられていくものなのかもしれません。
パパとママが、お互いのがんばりを認め合い、子どもの前で感謝を言葉にする。
その小さな積み重ねが、やがて子どもの心の中に「ありがとう」を育てていくのだと思います。
『パパの子育て奮戦記』では、プレパパや、小学生までの子どもを持つパパに向けて、子育ての中で大切にしたいことを綴っています。
この後も、子どもとの関わり方、あいさつ、しつけ、家族の時間について、体験に基づいて綴っていきます。
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この記事は、2005年9月26日のSo-netブログ原稿「お父さんへ『ありがとう』のお手紙」をもとに整えた再構成エディションです。

