《読み始める前に》
「学ぶことはとっても価値があるんだよ」と、そのまま子どもに話しても、なかなか子どもの心に響きません。
でも、ひとつの物語として話してあげると、不思議と耳を傾けてくれることがあります。
今回は、アキコが小学1年生、クニコが3歳のころに、パパが二人に聞かせた「知力こそ最高の力」という寓話のお話です。
お金も、金も、宝石も、奪われてしまうことがある。
でも、頭の中に入った知識や知性だけは、誰にも奪うことができない。
そんなことを、子どもにどう伝えたらいいのか。
若いころのパパなりに、かなり真剣に考えていた記録です。
プレパパや、小学生までの子どもを持つパパに向けて、子育ての中で大切にしたいことを綴っています。
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パパの子育て奮戦記 第61号|「あったかい家族日記」第135号 再構成版
長女アキコ(7歳)、次女クニコ(3歳)、ママ、パパ(私)、祖母(70歳)
ユダヤ人にとって知性とは──『ユダヤ商法』より
ユダヤ人の母親なら、自分の子どもに、必ずたずねるなぞなぞがあるそうです。
「町がキリスト教徒によって襲われて、みんなで命からがら逃げなければならないとき、何を持って逃げればいいかしら?」
そうすると、幼い子どもは、
「お金」
「金、銀」
「ダイヤモンド」
などと答えるものだそうです。
すると母親は、
「それも奪われてしまうわ。答えは、色も形もないものですよ」
と、もう一度たずねます。
それでも子どもが答えられなければ、
「それは知性よ」
と教え諭すのだそうです。
これは、ラビ、つまりユダヤ人地域社会の指導者であるマーヴィン・トケイヤー氏の言葉です。『ユダヤ商法』(日本経営合理化協会出版局)に載っていました。

同じ本の中で、氏はこうも書いていました。
教養の高い特別な家庭ばかりでなく、ユダヤ人の子どもは、学ぶことが何よりも大切であると教える様々な寓話を聞かされながら育ってゆく。
訳者の加藤英明氏によると、ユダヤの友人に、幼いとき、母親からこのなぞなぞを聞いたことがあるかとたずねると、口をそろえて、その話は聞いたことがあると答えたといいます。
つまり、特別に教養の高い家庭だけの話ではないのです。
「世界中に離散して暮らしていたユダヤ人は、何回となく家を焼かれ、財産を没収され、追放されるという目にあってきたが、そのようなときは、いつも身ひとつで逃げなければならない。しかし、身に付けた「知性」だけは、生命さえあれば、誰にも奪われないで逃げることができる。だからユダヤ人にとって、「知性」が最大の財産となってきた。」
ユダヤ人にとって、知性とは、自分と家族の身を守るための盾であり、成功するための鍵であり、ビジネスで勝者になるための源泉となる力なのだそうです。
しかも、その教育の場の中心は、古代から学校ではなく家庭にあったといいます。
子どもを教える責任は、誰よりもまず親に課せられてきたのだそうです。
日本の親たちも、もっと知性の大切さ、学ぶことの大切さを、繰り返し、さまざまな寓話を使って子どもに伝えるべきだと、率直に思いました。
では、具体的にどうやったらいいのでしょうか。
寓話を使って学ぶ価値を伝える──『ユダヤ5000年の知恵』を生かす
私は、ラビ・M・トケイヤー氏の『ユダヤ5000年の知恵』(実業之日本社)に載っていた、次の話を子ども向けに脚色して話すことにしました。

もとの話は、ごく短いものです。
そのままでは子どもが聞いてくれないと思い、子どもが情景を思い浮かべやすいように、少しふくらませて話すことにしました。
ある船上での話。船客はみな大金持ちで、その中に一人のラビが乗り込んでいた。金持ちたちはお互いに富の比較をしていた。するとラビが、「私が一番富んでいる人間だと思うけれども、いまの私の富を皆さんに見せることはできない」と言った。海賊が船を襲った。金持ちたちは金銀宝石、すべて自分たちの財産を失った。海賊が去った後、やっとのことで船はある港に着いた。
どうやって子どもに話したか
私
「とっても豪華な船がありました。シャンデリアがついていたり、グランドピアノが置いてあったり、出される食事もとっても豪華でおいしいんです」
そう言いながら、身振りで船の形を示しました。
アキコは小学1年生、7歳。
クニコは3歳。
二人は、ふんふんと聞いています。
私
「そこには、大金持ちの人たちがたくさん乗っていました。あるお金持ちのグループの間で、誰が一番富んでいるか、つまり誰が一番お金持ちか、自慢し合い、比べっこが始まりました」
一人目のお金持ち
お金持ち1
「わたしは、こんなにお金を持っている」
そう言って、そのお金持ちは、財布にたくさん詰まったお金を見せました。
そして、かばんを開いて、その中にもぎっしり詰まったお金を見せました。
10億円はあるでしょうか。
その男は、
「どうだ。かなわないだろう!」
と言わんばかりです。
アキコとクニコは、興味津々に聞き始めました。
二人目のお金持ち
お金持ち2
「おれは、これだ」
そう言って、二番目のお金持ちが、テーブルの上に金の延べ棒を出しました。
金の延べ棒は、テーブルの上にうず高く積み上げられ、まぶしさで目もくらむばかりです。
お金にすると、100億円はありそうです。
その男は、
「どうだ。わしが一番だろう!」
と、自慢するように言いました。
三人目のお金持ち
お金持ち3
「わたしは、これよ」
そう言って、三番目のお金持ちが、手のひらの上に、きらきらと光り輝くダイヤモンドを出しました。
そして、そのお金持ちの女の人は言いました。
「これ一つで10億円よ」
「そんなのが、このバッグに30個ほどありますわ」
勝ち誇ったように言いました。
そして、三人のお金持ちが、
「今度は、あなたの番よ」
と、四番目の男の人、つまりラビに言いました。
その男の人は、今まで自信ありげに笑って話を聞いていましたが、次のように答えました。
四番目の男の財産
四番目の男「いやあ、私はみなさんの誰よりも富んでいると思いますが、今、私の富をみなさんに見せることはできません」
そう答えました。
さて、そんな話が終わって少しすると、突然、海賊がやってきました。
海賊
「命が惜しかったら、金目のものを残らず出せ!」
そう言いながら、刀を目の前に突きつけます。
先ほどの大金持ちたちは、震え上がって、みな、お金や金の延べ棒、ダイヤモンドなどをすべて差し出しました。
四番目の男は、何も出すものがありませんでした。
海賊が去り、お金持ちたちは、すべての財産を失いました。
船は、やっとのことで、ある港に着きました。
四番目の男は、かしこいことをすぐに港の人々に認められ、その町で学校を開いて、生徒たちを教え始めました。
そして、どんどんお金をもうけることができました。
四番目の男の財産とは、かしこさだったのです。
しばらくたった後、この四番目の男は、かつて船で一緒だったお金持ちたちと会いました。
かつてのお金持ちたちは、みな、みじめに貧しくなっていました。
そして、そのお金持ちたちは、こう言いました。
「確かに、あなたが一番富んでいた。かしこさこそが、富をつくり出すのだ」
頭に入ったものは、誰にも奪われない
私は、アキコとクニコにこう話しました。
「勉強して頭に入ったものは、だれからも決して奪われないんだよ。どこへでも持って行けるんだ。だから、勉強してかしこくなるって、とってもいいことなんだよ」
アキコとクニコは、ずっと興味津々に聞いていました。
つまり、私のねらいは、ひとまず達成できたのです。
アキコはこの話を聞いた後、
「この間の、剣で盾を突く話だったかなあ。あの本の続きを聞きたい」
などと言っていました。
これは「矛盾」という言葉の起こりの話で、以前聞かせた話です。
寓話は、子どもは好きみたいです。
これからも、いろいろな寓話を話して聞かせようと思います。
(2005年12月18日記)
今、振り返ってみて
懐かしいです。
ちょうど20年ほど前の話なのに、読み返してみると、意外と覚えているものですね。
これは、長女が小学1年生、次女が3歳のころから始めた、父と子の勉強会、「父と子塾」で話して聞かせたお話です。
実は私は、この「父と子塾」を、長女が小学生の間は次女も入れて3人で続けていました。
その後、長女が中学生になってからはマンツーマンになり、中学卒業まで続けていました。
記録によれば、これは第16回父と子塾。
2005年12月24日(土)、午前10時20分から12時20分まで行っています。
プログラムには、いつも本を読んであげるコーナーがありました。
この日は、『クリスマス・キャロル』を読んであげて、その後に、この「学ぶことの大切さ」を教える寓話を話しているのです。
読み返してみて、私は、
「お父さんとして、とっても頑張っていたんだなあ」
と、率直に思います。
そのひとときは、当時もとても楽しいものでした。
そして今思い出しても、
「本当に楽しかったなあ」
と思います。
私は、間違いなく、子育ての醍醐味を味わっていたのだと思います。
親が手渡す、生き方や価値観
生き方や価値観を教えることも、親としての大事な役割だと思ってきました。
それを教える場合、ことわざや格言のように、ぎゅっと絞った形で提示する方法もあります。
一方で、今回のように、物語や寓話で伝える方法もあります。
たとえ話のような寓話は、子どもがとても喜びます。
そして、記憶にも残ります。
ですから、親はもっと気軽に、子どもにお話ししてあげればいいのだと思います。
私は、実話であれ、たとえ話であれ、折に触れて子どもに話してきました。
読者の中には、
「私も、子どもたちに話してみたい」
「でも、こんなふうに脚色して読んであげる自信がない」
「そもそも、そんなネタを知らない」
という方もおられるかもしれません。
でも、その気持ちがあるなら、大丈夫だと思います。
そのまま読ませてもいい
私が結婚前に読んだ本に、たしか『失敗を成功に変える』という本だったと思うのですが、こんなエピソードが載っていました。
落ち込んでいる妻のために、夫が新聞から切り抜いていた面白い記事を見せた、という話です。
妻は、その記事を読んで笑顔になったそうです。
当時の私は、その夫の思いやりに、
「いいな」
と思い、ずっと記憶していました。
つまり、新聞に載るような気の利いた記事を、自分でうまく話せなくてもいいのです。
その記事を、そのまま読ませてもいい。
絵本をそのまま読んであげてもいい。
昔話を、少したどたどしく語ってもいい。
ただ、ネタを探す努力、親自身が学ぼうとする気持ちは、少し必要です。
でも、これって、けっこう楽しいことなのです。
子どもに何かを伝えるために、親が本を探す。
昔話を思い出す。
ちょっと面白い話をメモしておく。
その準備そのものが、子育ての楽しさなのだと思います。
共感していただけたところがあれば、「スキ」でそっと教えていただけると励みになります。
(2026年5月28日記)
📝 自分に問いかけてみる時間
子どものためになる、気の利いた話。
面白くて、ちょっぴりためになる話。
そんな話を、子どもにしてあげたことがありますか。
私は30代の終わりに、大学院に2年間派遣されたことがありました。
そこには、将来教員になりたい学生もたくさん学んでいました。
ある女子学生が、こんな話をしてくれました。
小さいころ、お父さんに抱かれながら、繰り返し繰り返し「かさこ地蔵」の話を聞かされたそうです。
そして大学生になった今でも、その語り口とともに、鮮明に覚えていると言うのです。
その話から考えても、何も難しい話や、珍しい話でなくてもいいのだと思います。
父の口から聞いた。
母の膝の上で聞いた。
寝る前に、いつも聞いた。
その何気ない時間が、親との思い出となり、大学生になっても心に残っているのです。
それは、親と子どもとをつなぐ、ひとつの絆になっていくのだと思います。
📝 簡単なワーク
お父さんやお母さんから語ってもらった、昔話や寓話を思い出せますか。
そのときの楽しかった気持ち。
部屋の雰囲気。
声の調子。
自分がどんなふうに聞いていたか。
少し思い出してみましょう。
そして、同じような楽しい経験を、我が子にもさせたいと思うなら、昔話の絵本やイソップ童話などを、ひとつ用意してみましょう。
読んであげる前に、一度だけでも声に出して練習してみる。
登場人物らしく、少し声色を変えてみる。
短すぎるお話なら、今回のように、少しだけ場面をふくらませて話してみる。
上手に話す必要はありません。
大切なのは、親が子どもに、
「これを聞かせてあげたいな」
と思っていること。
その気持ちは、きっと子どもに伝わるのだと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
『パパの子育て奮戦記』では、子育ての日々や、娘たちが大人になってからの家族の時間を、今の視点から振り返りながら綴っています。
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子育ての中の小さな出来事が、どこかで誰かの気持ちを少しだけ軽くしたり、温かくしたりできたら嬉しいです。
この記事は、2005年12月18日のSo-netブログ原稿「あったかい家族日記『知力こそ最高の力』」をもとに整えた再構成エディションです。

