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父が初めて買った玩具──手放せなかった娘との思い出

《読み始める前に》

子どもが小さい頃に使っていた玩具。

もう使わなくなったものを見ると、
「誰かにあげてもいいかな」と思うことがあります。

でも、その中には、ただの玩具ではなく、
親にとって特別な時間がしみ込んでいるものもあります。

父親である私が、初めて長女アキコに買ってあげた玩具。
それは、木製の動物たちでした。

キリン、カバ、ウサギ、ヒツジ、ゾウ、ワニ……。

その動物たちを見ると、
アキコがまだ小さかった頃、一緒に遊んだ記憶が、
今でもふつふつとよみがえってくるのです。

パパの子育て奮戦記 第58号|「あったかい家族日記」第425号 再構成版
長女アキコ(9歳)、次女クニコ(5歳)、ママ、パパ(私)、祖母(72歳)


すんでのところで残った木製の動物たち

先週のことです。

妻が書斎に来て、こう言いました。

妻「ねえ、この玩具、○△さんのお宅にあげていい?
アキコもクニコも、もう使わないと思うんだけど」

私は、その玩具を見ました。

玩具と言っても、たくさんあります。
いくつかのプラスチックの玩具に混じって、
木製の動物たちがありました。

キリン、カバ、ウサギ、ヒツジ、ゾウ、ワニ……。

画像
父親の私がアキコに初めて買ってあげた玩具

それを見た瞬間、私は思わず言いました。

私「ちょっと待って。
その木製の玩具は、ボクがアキコに初めて買ってあげた玩具なんだよ。
1万円以上もしたんだよ。
ちょっとあげるのは、もったいないよ」

そして、続けてこう言いました。

私「ずっととっておいて、アキコやクニコの子、
つまりボクたちの孫にあげることにすればいいよ。
だから、それはあげないで」

「プラスチックの玩具は、あげてもいいけど」

そういうわけで、
木製の動物たちは、すんでのところで残ったのでした。

初めて買ってあげた日は、アキコが生まれる一週間前

アキコに初めて買ってあげた玩具。

では、その「初めて」は、一体いつだったのか。

アキコが生まれる、ちょうど一週間前。
1998年8月1日のことです。

買った場所は、柳生博さんがご夫婦と息子さんたちと始めた、
「八ヶ岳倶楽部」というお店でした。

ギャラリーとレストランが合体したような、
とても素敵なお店です。

なぜ、10年近くたった今でもその日が分かるのか。

それは、私が柳生博さんの
『八ヶ岳倶楽部 森と暮らす、森に学ぶ』
という本を読んで、ぜひその場所に行ってみたいと思っていたからです。

実際にそのお店に行ってみると、
たまたま柳生博さんご本人もいらっしゃいました。

その本にサインをしていただき、
そこに日付が残っていたのです。

ちなみに、その近くで親業・教師学のセミナーがありました。

この玩具は、アキコが生まれる前に買ったものです。
ですから、間違いなく、私がアキコに初めて買ってあげた玩具ということになります。

実際によく使うようになったのは、
アキコが2歳頃からでした。

滑り台から動物たちを滑らせて

その頃、私は現職の教員のまま大学院に派遣されていて、
思い切りゆとりがありました。

この木製の動物たちを見ると、
あの頃、一緒に遊んだ情景がありありと思い出されます。

画像
八ヶ岳倶楽部で買った木製の玩具

部屋には、滑り台付きの室内ジャングルジムが置いてありました。

その滑り台から、
動物たちを何回も何回も滑らせて遊んだのです。

私「ほら、ワニさんがいくよ〜」

アキコ「キャキャ」

私「ほら、今度はウサギさんだ」

アキコ「キャッキャ」

アキコは滑り台の下にいて、
落ちてくる木製の動物たちを見て喜んでいました。

慣れてくると、
今度はアキコ自身が、動物たちを滑り台から滑らせて喜ぶようになりました。

いつしか、
「倒れないで滑り台の下まで来たらオッケー」
というルールになりました。

アキコが、ヒツジを滑り台の上から落とします。

私「倒れないで落ちてきたね。すごいよ」

今度は、カバを滑り台の上から落とします。

私「今度も倒れないよ。2匹ともうまくできたよ」

次は、アヒルです。

私「今度も倒れないよ。3匹もうまくできたよ」

そして、キリンを滑り台の上から落とします。

私「倒れちゃった。今度は失敗だね。キリンは難しいね」

こんな感じで遊んでいました。

教師だからでしょうか。
遊びの中で、しっかり数を教えていたのでした。

笑顔と笑い声が残っている

その後、積み木セットを出して、
アキコの背の高さぐらいか、それ以上に積み木を積んで遊んだことも、
鮮やかに思い出せます。

アキコの笑顔や笑い声とともに。

アキコの幼い頃の思い出が、いっぱい詰まった玩具。

愛着のある玩具。

初めて買ってあげた玩具。

私は、まず自然な玩具を与えてあげたいと思いました。
だから、高くても木製の動物たちを選んだのです。

あれから10年近くたとうとしているのに、
その玩具たちは、ほとんど傷んでいません。

たくさん、たくさん使ったのに。

まるで、

「まだまだ使えますよ」

と言いたげです。

もちろん、まだまだ使います。

アキコ、またはクニコが結婚して、子どもができたとき、
その子どもに使ってもらうつもりです。

アキコが小さかった頃、
この動物たちで遊んだ思い出を語りながら。

その時が来るまで、
しばらく納戸にしまっておきましょう。

それまでおやすみ、動物たち。

(2007年11月26日記)

今、振り返ってみて

衣服にしても、本にしても、玩具にしても、リユースされることは、そのものにもう一度役立つ機会が与えられるということです。

捨てられるよりも、誰かの暮らしの中でまた使われる。
それは、とてもよい選択だと思います。

ですから、今回もプラスチックでできた玩具の類は、手放しました。

ただ、この木製の動物たちだけは、どうしても手放せませんでした。

高価だったから、という理由も少しはあります。
でも、それ以上に、幼いアキコと一緒に遊んだ時間が、そこに詰まっていたからです。

滑り台から動物たちを滑らせたこと。
倒れずに下まで来たら、一緒に喜んだこと。
キリンが倒れて、「キリンは難しいね」と笑ったこと。

そんな小さな時間が、この木の動物たちを見るたびに、今でもよみがえってくるのです。

ものには、ただの「もの」で終わらないものがあります。

一緒に遊んだ時間。
読み聞かせた声。
子どもの笑い声。
その時の部屋の空気。

そういうものまで、静かにしまっておいてくれるものがあります。

ほるぷの絵本シリーズも、私にとっては同じような存在でした。

絵本を読んであげることは、私が10年ほど続けてきたことでした。
そのぶん、私にも深い愛着がありましたし、子どもたちにとっても大切な思い出だったのだと思います。

アキコ「この絵本はアキコがほしい」

クニコ「こっちの絵本はクニコがほしい」

まるで遺産を分け合うように、二人が真剣に絵本を分け合っていたことを思い出します。

木製の動物たちも、絵本も、いつか子どもたちが親になった時に、また出番が来るかもしれません。

その時、アキコやクニコが、

「あっ、私もこうやって遊んでもらっていたんだな」
「こうやって読んでもらっていたんだな」

と、ふと思い出してくれたら嬉しいです。

そして今度は、自分の子どもに向かって、同じように笑いかけたり、読み聞かせたりしてくれたら、それはとても幸せなことだと思います。

思い出のあるものを何でも残しておくことはできません。
家の中にも限りがありますし、暮らしは前へ進んでいきます。

けれど、いくつかだけでもいい。

「これは、親子の時間を覚えていてくれるものだ」

と思えるものを残しておくことには、意味があるように感じます。

長く使えるもの。
手に触れた時に、あたたかさを感じるもの。
使い込んでも、なお次の世代に渡せるもの。

そういう“本物の良いもの”を、子どもに与えるという視点も、子育ての中では大切にしたいと思います。

ものを大切にするということは、単に「捨てない」ということだけではありません。

そこにあった時間を大切にすること。
一緒に過ごした記憶を大切にすること。
そして、次の誰かに手渡していくこと。

そんなことなのかもしれません。

結婚して、もうじき3年になるアキコにとって、その日はそう遠くない未来かもしれません。

いつか、あの木の動物たちが、もう一度小さな子どもの手に握られる日が来る。

その時、納戸で眠っていた動物たちは、きっとまた静かに目を覚ますのでしょう。

「まだまだ使えますよ」

そんな顔をして。
(2026年5月17日記)

共感していただけたところがあれば、「スキ」でそっと教えていただけると励みになります。


📝 自分に問いかけてみる時間

少しだけ、自分に問いかけてみます。

今の自分には、子どもとの触れ合いを象徴するようなものがあるでしょうか。

それは、高価なものでなくてもいいのだと思います。

たとえば、野球のグローブ。
釣り竿。
フリスビー。
トランプやカードゲーム。
何度も読んだ絵本。
一緒に作った積み木やブロック。
休日に持って出かけた小さなリュック。

それを見ると、子どもが、

「ああ、これでパパとよく遊んだな」
「この時間、楽しかったな」

と思い出せるようなもの。

そんなものが、自分の暮らしの中にあるでしょうか。

もし今、すぐに思い浮かばなかったとしても、遅くはないと思います。

これから、そんなものを一つつくっていけばいい。

大切なのは、ものそのものではなく、そこに親子の時間が重なっていくことです。

「何を買うか」よりも、
「それを使って、どんな時間を一緒に過ごすか」。

そこに、子どもの記憶に残る温かさが生まれるのだと思います。

📝 簡単なワーク

今日は、家の中にあるものを一つ、思い浮かべてみます。

それは、子どもと一緒に使ったものでも、これから一緒に使いたいものでもかまいません。

そして、次の3つをメモしてみてください。

1つ目。
そのものは、何ですか。

2つ目。
それを使って、子どもとどんな時間を過ごしましたか。
または、これからどんな時間を過ごしたいですか。

3つ目。
いつか子どもが大きくなった時、そのものを見て、どんなことを思い出してくれたら嬉しいですか。

たとえば、こんな感じです。

「このグローブを見ると、夕方にキャッチボールしたことを思い出してくれたら嬉しい」

「この絵本を見ると、寝る前に読んでもらった声を思い出してくれたら嬉しい」

「このトランプを見ると、家族で笑いながら遊んだ時間を思い出してくれたら嬉しい」

ものを残すかどうかは、あとで決めればいいのだと思います。

まずは、そのものにどんな時間が重なっているのかを、少しだけ見つめてみる。

それだけでも、日々の子育ての中にある小さな宝物に気づけるかもしれません。

この記事を読んで、子どもとの時間や、手放せない思い出の品を少しでも思い浮かべてくださった方は、「スキ」でそっと教えていただけたら嬉しいです。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

『パパの子育て奮戦記』では、若い頃に書いた子育て日記をもとに、今の視点から振り返りながら綴っています。

子育ての中の小さな出来事が、どこかで誰かの気持ちを少しだけ軽くしたり、温かくしたりできたら嬉しいです。

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この記事は、2007年11月26日のSo-netブログ原稿「父親がわが子に初めて買ってあげた玩具」をもとに整えた再構成エディションです。

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