『楽しくなければ、仕事じゃない』 1943
出版社ディスカヴァー・トゥエンティワン設立時からの女性社長干場弓子さんが自らの35年間のキャリアをもとに書いた、仕事を楽しむ能力をつけるための一冊。社長室には、本田宗一郎さんの「楽しい仕事はあるが、楽な仕事はない」という言葉が飾ってあるそうだが、テイストとしては、仕事の本当の楽しさ、醍醐味を味わう能力を身につけるための一冊と言っていいと思う。
女性の社長が駆け出しから35年間のキャリアをもとに書いた一冊だから、①新採用5年目までの若い人 ②働く女性 ③リーダーまたは社長 など、幅広い範囲で役に立つ内容となっている。
◆1.新採用5年目までの若い人向けの言葉
社長がどのような点で社員を評価しているか、働くうえでまたは自分を伸ばすためにどういう心構えで、どのように努力を続けたら良いか、具体的に語ってくれている。
たとえば、私が拾った要点だけリストアップすると
①社会人の勉強の目的は、アウトプットにある(41p)
②意見を言うのがアウトプットだ(44p)
③褒めるのは、あるいは、目に留まるのは、期待以上の成果をあげたときだ(54p)
普通はそこまで踏み込まない最後の一歩。そこを踏み込む。それを実際にやる。(57p)
④一見無駄に感じられる出会いが、のちに素晴らしい縁となったりする。一見、無駄な勉強が、あとで役に立ったりする。引き出しは多ければ多いほどいいのだ(64p)
⑤若いうち、とくに社会人になる前は、じつは好きなこと、やりたいこと、絶対にかなえたい夢などといったものが、はっきりしていないことが普通(73p)
・とくに好きなことがないのに、無理にあるふりしなくていいよ(75p)
⑥幸いなことに、「好きになる力」は誰の中にもあるので、練習次第で取り戻すことができる(77p)
・下手でもいいからやり続ける。人は、慣れ親しんでいるうちに、そのことに愛着を持つようになるものだ(78p)
・「好きになる力」を取り戻すもうひとつの方法は、その仕事の価値を考え、その仕事に価値を与えること(78p)
○わたしの経験から言うと、上司が必ずしも大局的なところから、それぞれの仕事の価値について、語ってくれるとは限らない。時には、たんに売り上げのため、と思っている場合もある。だから、自分で考えなければならない。「どんなに小さな仕事でも、もし、この仕事が社会に価値をもたらす大きな仕事につながっているとしたら?」と(80p)
○仕事の価値は、人がつくる。その仕事に夢中になって、誇りをもっておこなっている人によって、つくられる(89p)
⑦ミッションの見つけ方「あなたが解決したいと思っている社会課題×あなたの得意なこと」
(96p)
・社会課題から入る。それによって自分が世の中に対してどんな貢献ができるかを考えるようになる。
⑧「WANT TO」「HAVE TO」問題(98P)
・わたしたちは、誰に強制されたわけでもなく、自分で好きで始めたことも、いつのまにか「I HAVE TO」にしてしまう。
・「これは、わたしがやりたいからやっている」と毎回、選択することだ。(99p)
つまり、「WANT TO」は主体的。自分の責任で自分で選択しておこなうこと。これに対して「HAVE TO」は、どこかやらされている、という被害者感が漂う。
⑨いくら思っていても、行動に移さなければ、現実には影響を与えない。相手には伝わらない。(132p)
・ただ思っているだけのことをいうのを、わたしは信用しない。現実を変えないから。リスクをとらないから。リスクをとらずに、ただ安全な場にいて、あれこれ、好き勝手言ってるテレビの中の人と変わらないから。少なくとも仕事の上では、アウトプットだけが評価の対象となる。(134p)
⑩「思いは実現する」という自己啓発の名言があるけれど、これは半分当たっていて、半分当たっていない。思いが実現するのは、その思いが意識的に、あるいは無意識のうちに一つひとつの行動の選択に影響を与えるからだ。つまり、行動につながったとき、実現する。(140p)
チャンスも、セレンディピティも、準備が整っている人に訪れる。
⑪何でもひとりでやり遂げるのが偉いと思ってない?たしかに、学校の勉強なら、そうだったかもしれない。自分でやることに意味があった。だって、お金を払って、自分のために勉強していたのだから。人に手伝ってもらっては、力がつかないから。しかし、これは仕事だ。お金をもらって、お客さまとの約束を果たすために会社としてやっているのだ。目的は、期日までにディスカヴァーならディスカヴァーにふさわしいクオリティの商品を納品することだ。誰がやろうと、どうやってやろうと、お客さまにとっては関係ない。問われるのは、アウトプットであって、プロセスではない。
ひとりでうんうん孤独にがんばるより、人の手を借りてでも何でも、結果を出せ!(157p)
本書全体にわたって、あちこちに体験に裏打ちされた珠玉の言葉がちりばめられている。新採用3年間に、良い社長、上司、先輩に恵まれているならば幸運だが、そうでないことも多いはず。仕事への心構え、価値、自分の伸ばすためにどのように努力を続けたら良いかなど、教えてくれる力のない先輩に囲まれていたとしても、力はあっても教える余裕もない職場で働くことになったとしても、ずいぶんこの本でカバーできるのではないかと思う。
◆2.働く女性向けの助けになる言葉
干場弓子さんは、女性社長だけ合って、自らの体験にもとづいた働く女性へのあたたかいアドバイスも多い。
たとえば、私が拾った要点だけリストアップすると
①大きな野望や夢がなくても、結構遠くまで行けたりする(118p)
・最初の動機は「自立」だった。母からの自立。男性からの自立。
高度経済成長期のまっただなかの日本の女子にとっては、それだけでも結構な「野望」だった。
・教師を含む地方公務員、そして、マスコミ関係は少なくとも入り口は男女平等を装っていたし、とくに公務員は公務員試験を受けることで、誰でも応募できた。だから、わたしは、国家公務員と出版社を受け、華やかそうに見えた後者を選んだ。
・大きな野望や野心、ハングリー精神、壮大な夢がなくても、人は、さまざまなことをモティベーションに、物事を成し遂げられる(123p)
②女子たちよ、もっと欲張っていい。(179p)
仕事もほしい、どうせなら出世したい。結婚もしたい、どうせならイケメンなイクメンがいい。
子どももほしい。いつまでもおしゃれでキレイでいたい。と、何でもほしがっていい。自分で自分の可能性を狭めることはない。
ただ! 欲張りすぎてはいけない。
あれもこれもほしがっていいが、すべてを自分自身の手で完璧におこなおう、などと欲張りすぎてはいけない。
できるわけないじゃん!自分を過小評価してはいけないが、自分を買いかぶりすぎてもいけない。
お弁当? 手抜きだっていいじゃん。
掃除? 人に頼めばいいじゃん。
旦那のこと? 自分のことは自分でやってもらいなさい。
親戚や周りの目? 無視無視。
仕事? どうしても困ったら、事情を上司に相談しよう。
手抜き結構。外注推奨。八方美人不要。
結局、人生は、持ち物のアイテム数は制限ないけれど、運べる総重量は決まって
いる気球みたいなもので、やっぱり手放すものが必要だということ。
最初に手放すべきは、「すべて自分だけの力で、完璧にできるはず」という図々しい思い込みかな。
*ただし、「外注推奨」とあるが、私は子育ては「外注はほどほどの範囲内」がいいと思う。せっかく神様からいただいた親権パスポートを使って、親としての醍醐味を思い切り味わった方が、人生楽しく豊かになると絶対に思うから。
③10年スパンで考えれば、案外、全部手に入れられる(182p)
・今すぐ同時に、すべてー出世も、お金も、モテも、結婚も、子育ても、おしゃれも、自分の時間もーを手に入れようとするから、無理が生じる。そんなの、一部のすごく恵まれた人の話でしょう、といじけることになる。若いうちというのは、どうしても、視点が低いというか、見えている時間軸が短い。でも、たとえば、今は、給料を全部、ベビーシッターや家事の外注費にあてても、仕事をがんばることで、10年後には結果として取り戻せていたり、逆に、今は、転勤を断るなどして、昇進を見送って家庭を優先させても、五年後には仕事に邁進できる状態になっていたりするなど、10年スパンで考えれば、案外、あれもこれも、結果として手に入れることができていたりする(183p)
・仕事のビッグチャンスとか、留学のタイミングとか、出産年齢とか、今このときでないと、手に入れられないもの、チャンスというのが、いつでも誰にでもある。そのときに、何かをあきらめると思うから、一歩が踏み出せない。そうではなくて、せめて10年のスパンで考える。捨てるのではなく、後回しにする(184p)
今大学3年生の長女には、できれば結婚してほしいし、出産もしてほしい。「男性に負けたくない」などと言っている長女には、この10年スパンで考えるという生き方を学んでほしいと思った。「今は出産・育児中心でいこうかな。10年スパンで考えれば、十分取り返せそうだから」と考える柔軟性がうまれるから。というわけで、昨年11月の時点で、長女には本書をプレゼントしている。
◆3.リーダーまたは社長向けの言葉
干場弓子さんは、社長としてのキャリアが長いので、社長としての心構え、考え方など、参考になる言葉も多い。
たとえば、私が拾った要点だけリストアップすると
①非生産的なこと、無駄を排除した組織は衰退する(52p)
②コスパ、コスパって言うなー仕事の成果は、すぐにその場には表れない(58p)
③アイデアのつくりかたの公式(82p)
E=MC2
まず、二つのC.これは、COLLECT(コレクト)とCONNECT(コネクト)
さまざまな材料の意外な組み合わせ
Mは責任感に基づいた問題意識、目的意識
Mの本当の正解、それは、MISSION(ミッション)だ。人は誰かのためならばがんばれる、クリエイティビティの決め手は利他のミッション(87p)
④大事な決断の場面では、いろいろな人の意見、忠告を仰ぐにせよ、最終的に自分自身の意志として、主体的に決める。そうすれば、たとえ失敗に終わったとしても、後悔はない(103p)経営判断においても同様だ。
⑤ロジカルに、考えられる選択肢を明らかにしたうえで、最後は、気持ちで選ぶ!(111p)
⑥自分の表情が周りに与える影響を自覚しなさい(210p)
・朝からオフィスに暗い表情で入ってきては難しい顔をしている若いリーダーがいると、注意したものだ。「自分の目つき、顔つきに責任を持ちなさい。自分の表情が周りに与える影響力を自覚しなさい」 家庭でどんな問題を抱えていようと、今期の業績が芳しくなく肩を落として出勤してきたのだとしても、オフィスのドアを開けた瞬間、自然に背筋がすっと伸びて、「いい顔つき」をし、元気な声であいさつするのがリーダーだと。なぜなら、リーダーとは、みなを元気づける存在だから。会社や部署が大変な状況にあるときはなおさら。
小学校教員の私も、メンターから「子どもの前で溢れるような笑顔ができる。そのために、毎朝鏡の前で笑顔をつくる練習をする。そんなのは当たり前のことだ」と教わった。だが、こう言ってくれるメンターは少ない。職場が忙しいのもあるが、そもそもそのような考えを先輩として上司として教える側がもっていない場合もそもそもあるからだ。そもそも上司が気難しい顔をしていて職場全体を暗くしているケースすらあったくらいだから……。
メンターが職場にいなくても、本で学ぶことでもある程度はカバーできる。
◆おわりに
このように、女性社長干場弓子さんが駆け出しから35年間のキャリアをもとに書いた一冊だから、①新採用5年目までの若い人 ②働く女性 ③リーダーまたは社長 など、幅広い範囲で役に立つ内容となっている。
最後に、私が一番共感できた、エピソードを紹介する。
「この仕事をしていてよかった」と思うのは、仕事を通じて人の役に立っている、社会にささやかでも付加価値をもたらしていると実感するときだ。(234p)
昔、二番目の雑誌社にいたこと、「何のためにこんな仕事をしているんだろう」と、会社の存在意義にも職業そのものにも自信を失っていたことがあった。 わたしの担当は、ファッション、手芸、美容、インテリアだったが、どれをとっても、別にこの雑誌があってもなくても、世の中に何の変化もない、誰の役にも立っていないと、最初の会社を辞めたことを悔やむ気持ちもあった。 そんなある朝、いつものように、バス停でバスを待っているとき、隣の大企業の本社ビルに向かうOLのひとりに目がとまった。 目を奪われたのは、彼女の着ていたジャケットだった。 なんと少し前にわたしが担当した手づくりファッションで紹介した、大胆な毛糸刺繍を施したフラノの直線裁ちの、まさにそのジャケットを着ていたのだ! 彼女が自分でつくったのだろうか? ほぼ紹介したとおりの仕上がり。朝のビジネス街に、鮮やかに映えていた。たったそれだけのことである。それだけなのに、なんだか憑きものが落ちたように、わたしは仕事への意欲を取り戻していった。 先に、わたしが仕事を続けてこられた最大のモチベーションは「責任感」だと言ったが、その前提としてあるのは、「誰かのために役立っている」という実感であり、自負じゃないかと思う。
昔、地元の小学校教員の研修団体で、キャンプ用品を製造・販売する山井 太スノーピーク社長をお呼びして、講演を聞いたときのことを思い出した。山井社長は、「あなた方、教員は幸いですね。お客さまである、子どもたちの笑顔を直に見れるから。私たちは、お客さまの喜びは直にはなかなか見られない。だから、会社の近くにスノーピークのキャンプ場を作ったんです」云々を。なかなか自分の仕事上の貢献が実感できないために、モチベーションがもてない(もたせることができない)ことは、大きな問題なのだ。
自分は社会の役に立っているという実感は、仕事のやりがい、醍醐味、楽しさの根本であろうと思う。小学校教員の私は、直接子どもの成長する姿、子どもの笑顔を見ることができて幸いである。もちろん、それこそが最大のモチベーションになっている。
「仕事に楽しさを見いだせない」から、「仕事がなければ人生楽しくない」へと転換を図りたい、すべての人にオススメの一冊である。
追記
ディスカヴァートゥエンティワンという出版社(干場弓子社長)としてのミッションも、先の延長線上にあった。
○小さな習慣から大きな社会改革まで、行動を起こす本をわたしは目指してきた。何かひとつでもいい、新しい視点、隠れていてこれまで気づかなかった視点を提供する本を出すことが、ディスカバーのこの世の中における存在意義だと思ってきた。(138p)
実は、私、泉河潤一は、処女作『うちの子、どうして言うこと聞かないの!と思ったら読む本』を、このディスカヴァートゥエンティワンという出版社から出していただいたのだが、こういうミッションを抱いた社長のお眼鏡にかなって出版できたことを心からうれしく思う。