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親を軽んじたりバカにしたりする子、その原因は?

親を軽んじたりバカにしたり親を親とも思わないような言動をなぜするのだろうか。いくつか原因が考えられるが、最も大きな原因はなんだろうか。そしてその解決策は?

親を軽んじたりバカにしたりする子、その原因は? 2014年2月2日 839-999

ー親に感謝する子に育てる その1ー

親を軽んじたりバカにしたりするのはなぜか?

子どもは、なぜ親を軽んじたりバカにしたりするのだろうか?親を親とも思わないような言動をするようになるのだろうか? 幼いときは、お母さん(お父さん)と慕っていたのが、長じてくるとそのようになってくるのはなぜだろうか?

いくつか解答を予想してみる。

1 子どもが自立してきて親に依存する割合が減ってきたから

親におんぶやだっこをされている状態で、軽んじるなどということはあり得ない。ある程度自分のことは自分でできるようになり、自立してきた(親を必要としなくなってきた)から。

2 親の実力がわかってきて、または自分でできることが多くなってきて、親が尊敬の対象でなくなってきたから。

昔は勉強のことなど親に聞けば何でも答えてくれたし、自分のしらないことをたくさん知っていた。「なわとびでやっと前回し跳びができたとき、親は二重跳びを楽々とやっていた」というように、自分のできないことも親はたくさんできていた。しかし、今は自分の方がたくさんできるし、勉強のことなどを親に聞いてもわからなくなってきた。

3 親を軽んじたりバカにしても責められることがないから。それを容認または助長する雰囲気があるから。

家庭で軽んじた言動をしても取り立てて咎められることがないから。たとえば、配偶者(母親または父親)が配偶者(父親または母親)を軽んじていると、子どもも軽んじるようになる。

4 親が自分のことを大事にしてくれていない、気持ちをわかってくれないと、子どもが思っているから。

5 昔、虐待ないしつらく当たられたことへの反発、復讐から。

「親として最低、とても尊敬できない。」と子どもは思っている。

6 親がいろいろ子どもの世話をするのは、当たり前であって感謝の念がないから。

7 道徳教育や宗教教育が廃れてしまって、親孝行という概念が教えられてこなかったから。また、社会全体に親孝行などを当然視する風潮が廃れてしまったから

8 切れる食事という言葉があるように、精神的に落ち着かなくなる食生活をしているから。

 読者の皆さんは、どれが最も大きな原因だと思われますか。

どれが主たる原因か?!

■原因1については、

背景の一つにはなり得るとは思うが、主たる原因にはなり得ない。むしろ自立するまでに育ててくれた親に対して感謝の念を抱く原因になろう。

■原因2については、

尊敬の念が減る原因にはなり得るが、だからといって軽んじたりバカにしたりすることにはつながらない。なぜなら、それまでは子どもから見て「親は何でもできるスーパーマン」であったろうし、これまでたくさんのことを自分に教えてくれた尊敬の対象であったろうから。本来なら尊敬の対象から報恩の対象に移行するであろうから。

■原因3については、

主たる原因になり得ると思う。たとえば、母親(父親)が父親(母親)のことをバカにしたりしていると、それを見ていた子どもはそうしてもいいものだと思ってしまうものなのだ。

■原因4または5については、

これも主たる原因になり得ると思う。たとえば、ミリオンセラーになった、野口嘉則氏『鏡の法則』には、次の例が載っている。

ある出来事も思い出した。
自分が高校生のころ、クラスメイトの男の子と日曜日にデートをしたことがあった。
その男の子と歩いているところを、たまたま父に目撃され、後で問いただされて説教さ
れたことがあった。
両親には、「女の子の友達と遊ぶ」と嘘をついていたのだが、父はその嘘を許せないよう
だった。
その時の、父の言葉は今も覚えている。
「親に嘘をつくくらい後ろめたい付き合い方をしているのか!お前は、ろくな女には
ならん!」
思い出しているうちに悔し涙が出てきた。
悔しさも文章にした。
「お父さんがそんな性格だから、嘘もつきたくなるんでしょ!自分に原因があることも
分からないの?
それに『ろくな女にならない』って、なんてひどい言葉なの。
私がどのくらい傷ついたか知らないんでしょう!
あんたこそ、ろくな親じゃない!
あれから私は、お父さんに心を開かなくなったのよ。自業自得よ!」(野口嘉則『鏡の法則』より引用)

■原因6については、

「親が子どもの世話をするのは、当たり前」では決してないのだが、そう思って感謝の念がもてないことは、私は主たる原因になりうると思う。

■原因7については、

次のようなエピソードを思い出す。ずっともう30年も前、近所に住むある父親は、娘を仏教大学に入れた。その父親曰く「親の恩を忘れない子、親に感謝する子にしたいから。」。その父親はそう言っていた。本心であろう。では、仏教大学に行った子は、仏典に書いてあるという理由で親を大切にするだろうか。あるいは、キリスト教系の大学で、聖書を学び、モーセの十戒にそう書いてあるからという理由で父や母を敬うだろうか。そもそもそういう特別の教育をしなければ、親を軽んじたりバカにしたりしてしまうだろうか。私は(道徳教育は大事だと思っているが)そんなことはないだろう。

■原因8については、

意外と関連があり、食生活を整えることは重要だとは思っている。しかし、一番の原因とは考えていない。

最大の原因は何か?

現実にはこれらの要素が絡み合っており、個々のケースに当てはめて考えるべきかもしれない。しかし、最も大きい原因は、6だと考えている。感謝の念が持てないから、軽んじたりバカにしたりできるのだ。これまで親にしていただいたことに対して感謝の念が本当にあるならば、絶対に軽んじたりバカにしたりできるはずがない。

私は、働いて親として家族(子ども)の生活費を稼ぎ、家族(子ども)のために、炊事・洗濯・掃除…などの家事をしているならば、子どもからの感謝・尊敬に値すると思うし、少なくとも軽んじられたりバカにされたりすることは断じてないと思っている。つまり、普通の親であれば、子どもからの感謝・尊敬に値すると思うし、少なくとも軽んじられたりバカにされたりすることは断じてないと思うのだ。

毎日夜遅くまで働き、毎日炊事・洗濯…などの家事をしている親たち。こうした親に感謝できなかったら、一体だれに感謝できるというのだろう。

 ところが、現実には親としての務めを果たしているにもかかわらず、感謝・尊敬どころか、軽んじられたりバカにされたりする場合すらある。親としてはつらいところであろう。

子どもにしたって決して心地よい状態ではないだろう。子どもにとっても、自分の親に感謝したり尊敬したりできた方が、ずっと心地よいはずだ。

一体どうしたら、こうした現状を変えられるのだろうか。(続きを読む)

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